「蝉しぐれ」は全ての原点

そして何よりも、映画の現場というものが楽しかった。真剣で、楽しそうで、大人がみんなでひとつのものをつくり上げている姿が目に焼きついている。

監督はそれぞれの部署のスタッフさんをリスペクトしていたし、みんなも、より良いものを! と常にパワーがあった。そうやって出来上がった映画の中に監督がちりばめたもののひとつひとつに私は感動したし、映画のすごさに魅了された。

完成したものを初めて観たときに、どんなかたちであれ、映画に携わっていきたいと心から思った。

私にとって「蝉しぐれ」は全ての原点だ。黒土監督は恩師であり、私にとって一番好きになれた映画の現場というものに出会わせてくれた、映画の父だとずっと思っている。

こわかったと言えばこわかったけれど、ロマンチストだなぁと思う部分も多かった。

公開前の取材中、とあるインタビュアーの方が「まるでラブレターのようですね」と言うと、監督はハッとした感じで、

「それはいい。これからはそう言おう! この作品は、ラブレターです」

ととびきり笑顔で言った。

インタビューが終わると、共に取材を受けていた私たちに、

「これはいいフレーズだ! これから取材で毎回言っていくぞ! いいか!『この作品は』と『ラブレターです』の間に間(ま)を入れて、ためをつくって言うんだぞ!」

と無邪気に話した。

監督は白い額に入れられた写真の中で笑っていた。

会話の中で何度も、「こわかったでしょう?」と聞かれ、そのたびに笑いながら「はい。こわかったです」と答えた。