いつかまた会えたときに
夕食後、お茶を淹れてクッキーを食べた。とびきり美味しかった。特段甘いものが好物という訳ではない自分でも、クッキーってこんなに美味しいんだと心が踊った。
そういえば、監督はグルメでもあったなぁと思い出した。会うと**の**が美味しかったといつも無邪気に話してくれた。
**からの見晴らしが素晴らしいとか、こんな人に会ってこう言われたとか、日常での出来事をよく話してくれた。
監督は、美味しいものや美しい景色をいつも求めていたのかもしれない。
私が感じていた無邪気なところやロマンチストなところが一気に蘇ってきた。
初めて女性と手をつないだときに感じた気持ちとか、自分の人生の中でトキめいたものなんかをよく話してくれた。
監督は、人間が日常で感じることが出来る美しさや素晴らしさを、映画に切り取っていたのではないだろうか。
普通の中にあるものを、人間を、大袈裟に見せるのではなく、切り取る。まさしく、それが監督の映画だったのだろう。
14歳の私が写った写真を見ながらクッキーを食べ続けた。
あれから20年が経った。
今の私は何を見て、何を食べ、何を感じ、何を選んでいくのだろう。
いつかまた会えたときに、映画についてよりも、私の人生にはこんなことがあって! と日常での出来事を映画の父に話せる人間でありたい。そう思った。
気が付いたらクッキーは残り2枚になっていて、いけないこれは食べすぎだと蓋を閉じ、お皿を洗い始めた。
私は、自分の日常に戻った。
※本稿は、『今日も、自分を生きる練習』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
『今日も、自分を生きる練習』(著:佐津川愛美/幻冬舎)
映画『蟬しぐれ』(「蝉」は正しくは旧字)でスクリーンデビュー以来、数々の作品で印象的な役を演じてきた佐津川愛美さん。
本書は、30代後半を迎えた佐津川さんが、「演じる」ことと「生きる」ことのあいだで揺れながら、自分自身の輪郭を見つめ直した軌跡を綴った一冊です。




