(撮影:小林ばく)
舞台、映画、ドラマにと幅広く活躍中のミュージカル俳優・市村正親さん。私生活では2人の息子の父親でもある市村さんが、日々感じていることや思い出を綴る、『婦人公論』の連載「市村正親のライフ・イズ・ビューティフル!」。第22回は「浅利さんの思い出」です。(構成:大内弓子 撮影:小林ばく)

飴と鞭の使い方

劇団四季創設者の浅利慶太さんは、僕にとって忘れてはならない恩人だ。最初の思い出深い出来事は、劇団に入らないかと言われたときのこと。

オーディションに受かって『イエス・キリスト=スーパースター』にヘロデ役で出演し、次に、『ゆかいなどろぼうたち』(1973年)の3人組の泥棒役の一人が病気で出演できなくなって僕に話がきた。

続いて、『ウェストサイド物語』(74年)に「君にぴったりの役があるのだけど、劇団員でない君にばかりいい役をやれないから、正式に団員にならないか?」と声がかかったの。

僕としてはその頃、浅利さんをおっかねぇなと感じていたから、「舞台の切符を100枚売らなきゃいけないと聞いて、それが不安で……」と逃げを打ったんだ。

そしたら、「友だちに毎日元気かと電話をしていれば、こんなに自分のことを気にかけてくれる市村のためならばと、10枚くらい買ってくれる。そういう友だちが10人いれば100枚なんてすぐだ」と言われて。面白い考えだな、なるほどなと思って、それで入団を決めたんだ。