嫉妬には「距離の法則」がある

ヒヒやサルなどの霊長類のメスには、群れの中に厳格な階層がある。直接殴り合うオスと違って、メスたちは、自分の毛繕いをしてくれる仲間の多さを誇示したり、相手より高い場所に座って姿勢を大きく見せるディスプレイ行動をとったりして、「私の方が上である」とライバルを威圧する。

ワオキツネザルのメスは自分の匂いを木などに擦りつけることで、他のメスに対して「ここは私の縄張りだ」「私の方が優れた個体だ」とアピールし、自分の優位を誇示することもあるそうだ。

私が同性の作家を頭のてっぺんから爪先まで採点してしまうのも、きっとこれと同じ。私はサル同然だ。

なぜ同性だけにここまで反応してしまうのか。

以前、対談させていただいた政治学者である山本圭先生は、著書『嫉妬論』(光文社新書)で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの見解として、嫉妬の感情をこう記している。

ー「嫉妬の感情は比較可能な者同士のあいだに生じるということだ。裏を返せば、比較できない相手に対しては、私たちは嫉妬を感じないということだ。」

嫉妬には「距離の法則」がある。私たちは遠くにいる人ではなく、近い距離にいる人、同じ土俵の上に立つ人に対して強く嫉妬をしてしまうのだ。

同じ女性として、同じ規範や自意識の中で生きてきた相手だからこそ、猛烈に比較できてしまう。年齢を重ねるごとに社会から向けられる視線の変化、仕事とプライベートの狭間で感じる息苦しさ、体の衰えや焦りなど、同じようなことで悩んで同じような見栄を張ってきているはずだ。書くテーマも、戦う戦場も、自分と重なっている。

相手がそれを抜群に言語化して世に放ち、称賛を浴びている姿を見て、「私が書きたかった!」「私の方がもっとうまく書ける!」「私が褒められたい!」とめちゃくちゃ焦ってしまう。自分の領域が侵されるのが怖い。

性別がわからないようなハンドルネームやアイコンで活動しているエッセイストの人たちには、どうか男性であってくれ……! と、いつも祈っている。