距離の近さが生む「嫉妬」「承認」は表裏一体

裏を返すと逆も然りだ。男性に評価されるよりも、女性に評価される方が、格段に嬉しい。

もちろん誰に褒めてもらっても嬉しいし、男性読者にはこれからもめちゃくちゃ褒めてほしい! 

しかし、嫉妬するときと同様に、日々、同じ規範や痛みを味わい、同じような自意識の波に揉まれ、複雑な内面を持って生きている女性読者からの共感は、より深く、質が濃く感じる。

辛かった経験を綴った私のエッセイを読み、「すごく共感しました。私もこういうことがあって……」なんて自分の辛い体験を打ち明けてくれるような人は、もうそれだけで一気にマブダチに思えてくる。「同士よ……お互いよくここまで頑張った!」と肩を抱き合って讃えあいたいし、「ちょっと一杯飲みにいかない?」とか言いそうになる。

同性だからこそ、計算も狙いも、より透けて見えていることだろう。その簡単に騙せない相手が「よくぞ言ってくれた」「私のことが書いてある」と深く頷いてくれたとき、圧倒的な承認の快感が得られるのだ。これ以上の快感はない。


猛烈に嫉妬するからこそ、圧倒的な承認も得られる。距離の近さが生む「嫉妬」と「承認」は、どうやら表裏一体の構造になっているようだ。

私が本当に勝ちたいと思うのも、私を脅かすのも、そして私の言葉を一番深く理解してくれるのも、いつだって同じ地平を這いつくばって生きている女性たちなのだ。

やはり、彼女たちの存在という強烈なガソリンが、私には必要みたい。

そう思い直して、結局私は、羨ましい彼女たちのミュートを順番に解除した。

アイコンが並んだミュートリストを眺めながら、一人ずつ、タップしていく。解除するたびに、胃の下あたりからじわじわと嫉妬の気配が戻ってくるのがわかる。

ああ、またこの感じか。これこれ。この落ち着かなさが、どうやら私の燃焼の正体らしい。

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