化粧品売り場に入ってすぐ、ひときわ広い売り場面積を割り当てられた老舗ブランドが目に入った。百貨店において入り口に近く、売り場面積が広いことは、特にその店舗の売り上げが好調だという指標になる。老舗の頼もしさに惹かれ、綾香はそのブランドの前で足を止めた。幸いあまり混み合っておらず、白いマスクをつけたスーツ姿の美容部員が店頭に訪れる客に挨拶をしていた。意を決して綾香は彼女に話しかけた。
「すみません。初めてなんですけど、コンシーラーを試させてもらっていいですか?」
ITOという三文字のアルファベットが刻まれた金属製の名札を左胸につけた女性は「もちろんです、どうぞ」と美しくマスカラが塗られた鮮やかな目元で微笑み、綾香を席へ案内した。数年前から目の下のくまが気になり始めたこと。いくつかのコンシーラーを試したけれどあまり合うと感じるものに出会うことができず、コスメカウンターを訪ねてみようと思い立ったこと。できれば目の下のくまと頬のしみ、両方に使いたいと考えていること。綾香の悩みをうなずきながら丁寧に聞き取り、ITOさんは複数のコンシーラーを綾香の前に並べた。
「ちなみに今日はコンシーラーを使用されていますか?」
「いえ、今日は朝に時間が無くて……えっと、BBクリームだけです」
「あ、そうなんですね」
ITOさんは大きな目をしばたたかせた。彼女の目線が動くたび、きれいなグラデーションが作られた瞼に光が流れる。
「お客様のくまも、しみも、そばで見ていてそれほど気になる印象ではないのですが……」
