子どもたちはすごい
混乱する中、ある休日、小学6年生の次男の野球の試合を観に行った。今は卒業して中学生になった長男も、小学生の頃は野球部だった。
この2人を見ていると「実力」と「自信」の関係性がよくわからなくなる。
長男はろくに練習もしないし、お世辞にも実力があるとは言えなかった。それなのに常に自信満々だった。打席に立つときも堂々としていて本番に強く、カキーン! と打ってヒーローになることも多かった。野球以外でもそうだ。いつも明るく元気でみんなの人気者で、本当に誰の子だろう? と思う。
一方の次男はまったく違う。毎日ひたむきに練習をし、確かな実力があるのに、いつまでたっても自分に自信を持てない。極度の緊張しいで本番に弱く、試合になると本来の力が発揮できずに終わってしまう。普段から何もかも深く考えすぎて気軽に動けず、友達もごくごく少数精鋭が数人。完全に私の子だ……。
実力はないのに根拠のない自信に溢れている長男と、実力はあるのに自信がない次男。これを見ていると「圧倒的な実力がつけば、揺るぎない自信がつくはずだ」という私の方程式も、成り立たないのかもなあと思い知らされる。
しかし、次男を見ていて驚かされるのは、彼は私と同じように「自信がない」にもかかわらず他人にまったく嫉妬しないことだ。
試合で活躍する上手いチームメイトにも、うまいこと生きている長男にも、友達がたくさんいる人気者にも、次男は「みんな俺よりもっと練習してるから」「そういう性格なんでしょ」と素直に相手を認める。そこには私のようなドロドロとした妬みなど微塵もない。
「緊張しちゃうってわかってるし。べつに野球が楽しいから」と真っ直ぐに笑うのだ。
その言葉を聞いて、私はハッとした。
長男のように実力がなくても自分を信じて楽しめる強さ。次男のように自信がなくても自分や相手を認め「それが自分。野球が楽しい」という自分の純粋な気持ちを見失わない強さ。
子どもたち2人とも、すごい。
苦しい嫉妬から解放されるためには、他人を黙らせるほどの実力や、それに裏打ちされた自信が必要なのだと思っていた。
でも、私に必要なのは、他人に勝つための実力でも他人からの評価で得られる自信でもないのかもしれない。
うわ、まただ。またあのピンクとグリーンだ。
ちくしょう! はいはい、素晴らしいですね!
清い次男と違って私はやっぱり「ちくしょう、私だって……!」と嫉妬してしまうし、評価されずに傷つくことが怖くて「実力がないからしょうがないよね」なんて言い訳して逃げつつ、心のどこかで「もしかしてもしかすると、私……天才なのでは?」と思っていそう。
はあ、ダサくて傲慢。
ああもう、しょうがない。
それが私なのだ。
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