長く入院している患者
閉鎖病棟とはいえ、彼のように長く入院している患者は病状が安定している人が多い。
「井上さん、こんにちは」
「ああ、先生、こんにちは」
院内の理髪店で毎回8ミリに整えられる坊主頭と、夏でも冬でも半ズボンですごす風貌が「裸の大将(3)」を彷彿とさせる井上さんにはほとんど表情がない。
「体調はどうですか?」
「いいです」
「眠れていますか?」
「はい」
「食欲はありますか?」
「はい」
「困っていることはありますか?」
「ありません」
「空耳が聞こえたりしませんか?」
「しません」
口まわりの筋肉だけを動かし、問診に淡々と返事をする。統合失調症を長く患っていると、思考内容の幅が狭くなり、社交性が失われ(4)、「はい」「そうです」といった簡単な言葉しか使わなくなる。一方で派手な幻聴や妄想は目立たなくなる。
(3) 放浪の画家・山下清をモデルにしたテレビドラマ。軽度の知的障害のある清が、坊主頭にランニングシャツ姿で全国を旅し、各地で出会う人々に絵や純粋な言葉で影響を与えていく。清が大盛りご飯やおにぎりを頬張る姿はじつに美味しそうで、観ているこっちも食欲が湧いた。精神科病院で流せば、食欲不振のうつ病患者も食が進むかもしれない。
(4) 喜怒哀楽の表出が乏しくなり、他者の感情に共鳴しにくくなる。行動を起こすエネルギーも湧かないため、人と会うことも億劫になる。結果的に引きこもりがちな生活に陥りやすくなってしまうのだ。
