(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
救急の最前線であらゆる精神疾患に向き合う現役精神科医である駒木爽先生。駒木先生は「医療現場の問題は正論だけで片付けられないし、精神疾患に無力感を突き付けられることも多い」と語ります。そこで今回は駒木先生の著書『精神科医おどおど日記――閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』より一部を抜粋し、「精神科のきれいごとでは済まないリアル」をお届けします。

某月某日 住所は病院:4半世紀を見つめるレジェンド

関東地方X県にある「三王子病院」は精神科救急病院(1)として、24時間365日救急患者を受け入れている。この地方の精神科医療の要である当院には、病状の激しい患者が毎日のように運び込まれる。

敷地内にはいくつかの棟があり、正面にある3階建ての白い建物の1階部分が外来だ。外見は古ぼけているが、受付は明るく、公共施設の窓口のような空間を外来診療を訪れる老若男女が行き交う。

その隣が入院病棟だ。古びた外観は同じだが、こちらに入るには職員用のカギが要る。二重の強化ガラス扉の向こうには窓のない整然とした空間が広がる。いわゆる“閉鎖病棟”である。今日は週1回の井上辰三さんの診察日。カギを開け、重い扉を押して中に入る。

彼の病名は統合失調症(2)で、入院期間は約9000日に及ぶ。41歳で入院した井上さんは今年66歳になった。日本の精神科病院の平均在院日数は255日と世界ワーストだが、そんな平均値すら底上げする長さで、4半世紀をこの病棟ですごすレジェンドである。今は私が主治医になっているものの、カルテを遡るとこれまで4回担当が変わっている。

(1) 精神疾患によって緊急の治療が必要な人に対し、夜間や休日を含めて24時間体制で対応する医療機関。短期集中的な入院治療を行ない、原則3カ月以内の早期退院を目指す「スーパー救急病棟」を備えていることが多い。精神科の中でもとくに忙しく、三王子病院も慢性的な人手不足に悩まされている。

(2) 幻聴や妄想といった現実とは異なる体験が現れ、考えがまとまりにくく話の筋が飛びやすくなるほか、感情や意欲が低下して人との関わりが減ることがある精神疾患。以前は「精神分裂病」と呼ばれていたが、偏見や差別を助長するとして2002年よりこの名称に。医師同士で「なりたくない病気」を議論したときに必ずあがるのがこれとALS(筋萎縮性側索硬化症)である。