遣唐使によって

それ以降も、引き続き中国からは漢語・漢字・漢文が伝えられる。特に7〜9世紀(飛鳥・奈良・平安時代初期)には、遣唐使が中国からさまざまなものを持ち帰った。そこには律令に代表される政治制度など、抽象的な概念も含まれる。

これらは漢文によって伝えられ、日本人はそれを読解することによって、その概念を理解したのである。また、漢詩など多くの文学作品も持ち帰った。日本人にとっては長らく、正式な文体は漢文体であり、正式な文学は漢文学であった。和文による散文の文学作品が登場するのは、遣唐使が廃止されて以後の10世紀(平安時代中期)まで待たなければならない。

また、仏教経典も引き続き、遣唐使で中国に渡った留学僧たちによって伝えられた。日本の天台宗の開祖・最澄(767〜822)、真言宗の開祖・空海(774〜835)も遣唐使で中国に渡り、多くの経典を持ち帰っている。

漢訳仏典はもともとサンスクリット(古代インド語)で書かれた経典を中国語に訳したものだが、この頃には旧来の「旧訳」に代わって、三蔵法師玄奘(602〜664)らによる「新訳」が登場している。この多くが遣唐使によって日本に伝えられた。