人生後半戦をコソコソ生きる恐怖
人間いつまで生きられるかは誰にもわからぬが、何しろ私、50歳で会社を辞めようとしているのだ。平均寿命から考えると先はまあまあ長い。その間、延々と「最低限の暮らし」を続けるって、どうなんだ。確かに、食べてはいけるだろう。でもその実態は、古い小さなアパートで、毎日同じジーンズとシャツを着て、来る日も来る日もモソモソ地味なものを作って食べて、ただ細々と生きながらえる私……って、どうなんだ。私って一体なんのために生きているのかと日々考えてしまうことはほぼ確実じゃないのかね?
人生にはやっぱり、もうちょっと「何か」が必要なんじゃないか。そう、ちょっとした「キラキラ」がなきゃ、生きてる甲斐ってもんがない。
そうだよ考えてみれば、私はずっとそんなキラキラを追求して頑張ってきたのではなかったか。
社会人になり分不相応な高給を得ることになったとき、何が嬉しかったって、好きな服と化粧品が買えることだった。なので昭和の年功序列システムのおかげで年収が上がるのに比例して、服と化粧品に費やすお金はどこまでも増え続けた。すなわち、キラキラであり続けることは間違いなく私の重要なアイデンティティーだった。ほぼ人生の目的だったと言ってもいい。
私、それを捨てられるのかね?