旅立った後

長谷川さんが旅立った後、恭子さんと愛理さんが小笠原内科に挨拶に来ました。そっぽを向いていた前回とは違って2人とも寄り添い、恭子さんは私に言いました。

「『あなたさえいなければ』と先生に言われたときは頭に来て、腹が立ちました。でも、その言葉がなければ、私は一生、娘と深い溝ができたまま、寂しい人生を歩まねばなりませんでした。これから娘と笑って過ごせます。ありがとうございました」

患者さん自身が納得できる最期を迎えるだけでなく、残された家族も「よかった」と思えるように諦めない、それが在宅ホスピス緩和ケアです。大往生の後は、グリーフケア(喪失の悲嘆へのケア)はいらないのです。

※本稿は、『笑って大往生できる人できない人』(アスコム)の一部を再編集したものです。

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『笑って大往生できる人できない人』(著:小笠原文雄/アスコム)

「我慢」と「遠慮」ばかりの毎日ではありませんか?

我慢を手放したとき、人生はもっと明るく楽しくなる。

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