公立大学での対応は?

また、文部省は当初、国立大学に国立高専卒業生の編入学を要請するのみだったため、公立大学での対応はバラバラとなる。

大阪では、大阪府立大学工学部が全国の国公私立の高専卒業生に受験資格を認めて、1975年から編入学試験を実施していた(『朝日新聞』1975年7月10日)。

だが、東京都立大学工学部の場合、国や東京都から直接的な受け入れ要請がなく、1979年から90年にかけては、都立の高専・短大の卒業生のみを受け入れていた(「高等専門学校からの編入学制度について考える」)。

※本稿は、『高専―戦後日本のエンジニア養成』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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『高専―戦後日本のエンジニア養成』(著:手嶋泰伸/中央公論新社)

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