「本当にショックでしたね。『なぜ私が、数万人に1人という深刻な病気になってしまったの?』と、頭の中が真っ白になりました。」(写真提供=南浦護)
2019年4月、急性白血病であることを公表し、闘病生活を送っていた岡村孝子さん。抗がん剤治療と臍帯血移植を受け、同年9月に退院。少しずつ日常を取り戻しつつある今、5ヵ月におよぶ日々を振り返って思うことは(構成=内山靖子 写真提供=南浦護)

病気知らずの私が、数万人に1人の病気に

50年以上生きてきて、大きな病気をした経験は1度もありませんでした。入院したのも、帝王切開で娘を産んだときだけ。徹夜で楽曲を作ったり、ライブツアーで全国を回ったりするため、体力や健康にはある程度自信があったのに、なんだか体調がおかしいと感じたのは2019年の3月のことでした。

母と娘と3人で金沢に旅行に出かけたときに、兼六園を散策していたら、急に足が上がらず歩けなくなってしまったのです。寒い時期だったので、そのときは「体力が落ちたのかな?」くらいに軽く考えていました。

今思うと、家族旅行の前に、5月発売予定だったニューアルバム『fierte(フィエルテ)』のレコーディングをしていたときも、顔の形が変わるほど歯茎が腫れてしまって。肩こりや腰痛もいつもよりひどい気はしたけれど、「もう年なのかな?」という程度にしか思いませんでした。

ニューアルバム『fierte(フィエルテ)』

そんなことが立て続けにあった後、大学病院の内科で健診を受けることに。とはいえ、体調が悪かったことが健診を受けるきっかけになったわけではありません。ここ数年は忙しくて定期健診に行けなかったので、行ったほうがいいかなという思いがあったのです。

そうしたら、「血液にちょっと異常が見られる」と。正常ならば、最低でも3100以上はある白血球の数値が、2000を切っていた。そこで念のため、再度採血することになったのです。すると、1300とさらに数値が下がってしまった。すぐに血液内科の先生が来てくださり3回目の検査をしたのですが、やっぱり低い。

白血球の数値が低いと白血病の疑いがある。感染症にもかかりやすくなってしまうため、さらに詳しく調べる必要があると言われ、その翌週に骨髄刺をして、再検査を受けることになりました。

腰の骨に太い注射針のようなものを刺して骨髄液を検査する骨髄刺の結果は、その日にわかります。1時間ほどお茶を飲んでから診察室の前に戻ると、先生方の様子があきらかにおかしくて、廊下を右往左往している。診察室に入り、暗い表情でうなだれる先生方を見た瞬間、「ああ、これは白血病で確定なんだな」と思いました。

重い病気にかかっているなんて信じられなくて、健診の数値が悪かったときも、「もしかして、白血病の一歩手前の状態なのかもしれないね」と娘と話していたほどです。でも、そんな期待も虚しく、「急性白血病です」と宣告されて……。本当にショックでしたね。「なぜ私が、数万人に1人という深刻な病気になってしまったの?」と、頭の中が真っ白になりました。