「人生には二つのたのしみがある。一つは食べること。もう一つはおいしいものをこしらえること」――そう語ったのは、半世紀以上にわたり、珠玉の小説やエッセイを生み出し続けた作家・田辺聖子さんです。38歳の時、妻と死別した四人の子供を持つ「カモカのおっちゃん」と結婚し、その大所帯に主婦として加わった田辺さん。そんな田辺さんのエッセイ『食べるたのしみ』から、子供たちの食へ込めた思いを紹介します。
すぎにし方恋しきもの
春のたべものは何々であろう。思いつくままにあげると、白魚(しらうお、と読めない若い人がいて困る。しろざかな、ではどうもならぬ)はまぐり、ちらしずし、あられ、白酒、さくら鯛……となるとそのまま、雛祭りのご馳走になってしまう。
私は独身でいるときはわりあい、雛の節句も正月も無関心であったが、結婚して子供をもつ身になると、急に何やら、日本文化を背負って立つような気構えになってしまった。
年中行事のあれこれを子供たちの思い出の中に封じこめてやりたい気がするのである。
そうしてオトナになってから
「あ、もう春やなあ、春のたべものは何々……それに、雛祭り、桃の花……」
肌に触れる風の和み、水っぽくなった青空、やがて霞か雲かという、満開の桜……というふうに連想が働けばよい、と思うのであるが、この節は季節感がちぐはぐで、それにテレビという邪魔者が入るからどうにもならぬ。テレビでクリスマスだ、大みそかだ、正月だ、節分だ、と観念的な季節感を強要するから、みんな画一的な思い出ばかりが子供たちのあたまを占めて、情操を養うに至らない。