世界には、おいしいものが、ぎょうさんある
それが手はじめで、いろんなモツのたきこみ、ホルモン料理に私は馴れてしまった。豚というのは捨てるところのない動物だというのも教わった。何とも見たことのないような内臓を、義母や叔母たちは、タワシで洗ったり、熱湯をかけたりして下ごしらえし、 気永にぐつぐつたいて、私が生れてはじめてみるおいしい料理をつくってくれるのであった。
私はそれまでもタイの目玉やホヤや、サンマのワタなどを好んでいたが、それどころではない美味の世界がひろがったわけである。
あとになって奄美の島へ渡ってみたら、まだその上に海の幸があった。人々は私と夫を歓迎して、海へ潜って大きな車海老をとり、ウニを割り、魚をモリで突いてご馳走してくれた。さながら「魏志倭人伝」の世界であった。
ガジュマルの樹の彼方、海は夕陽に染まり、
(なんと世界には、おいしいものが、ぎょうさんあることやなあ)
と私は呆然とした。思いがけぬ美味に、このあと、何度、めぐりあえることであろうか。
※本稿は、『食べるたのしみ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『食べるたのしみ』(著:田辺聖子/中央公論新社)
通いつめた神戸の市場、奄美の豪快な豚料理、夏のスダチ酒、何より大阪のうどん。
作るのも食べるのも大好きな作家・おせいさんの食をめぐるエッセイ。





