開店早々、スマートフォンが鳴り出した。人気商品の在庫確認、取り置きの依頼、落とし物の有無、商品券が使用できるかできないか。敦子は次々と入る問い合わせに応じて事務所と売り場を行き来する。その合間に手元の仕事を進め、定期的に売り場を巡回してお客様の応対をする。季節柄、お歳暮の相談が多い。予算や送り先の好みを聞きとり、定番商品から流行り物まで、幅を持たせて提案する。
「永野さん、売り場を見てもらっていいですか」
応対が途切れたタイミングでクリスマスフェアを担当している社員から声をかけられ、敦子は早足でエレベーターホール近くの売り場へ向かった。
今年の和洋菓子売り場のクリスマスフェアのテーマは、『絵本の中のクリスマス』だ。
現在、福来屋日本橋本店のショーウィンドウでは、有名な絵本のキャラクターである白猫のぬいぐるみたちがカラフルなそりに乗ってプレゼントを街へばらまく華やかなクリスマス仕様の展示が行われている。このウィンドウディスプレイとリンクさせて、売り場に印象的なクリスマス菓子が登場する国内外の絵本を並べ、クリスマスシーズンにおすすめの菓子を集めて販売することにした。
お洒落なウサギたちが手作りのブッシュドノエルを作るフランスの絵本。陽気な人々がさくさくふわふわのメレンゲ菓子であるパブロバ作りのコンテストを催すニュージーランドの絵本。焼きたてのジンジャーブレッドマンがオーブンから逃げ出してしまうアメリカの絵本。さらに日本からは、お腹を空かせたサンタクロースが雪化粧がされた山を巨大なシュトーレンと見間違う絵本。これらの絵本を売り場に展示し、作中に登場するクリスマス菓子の他、それぞれの国の代表的な菓子を並べて陳列する。和洋菓子売り場の複数のテナントで販売されているブッシュドノエルはここには置かず、販売店舗のリストを商品画像つきで作成し、絵本のそばに掲示した。
売り場作りを担当したのは入社二年目の松岡雅という女性社員だ。松岡は過疎化が進む東北の田舎町の出身で、都内に暮らす親族が帰省のたびに買ってきた有名百貨店の紙袋に入ったきらびやかな菓子の数々に心奪われたのが、ここに就職するきっかけだったらしい。
「遠くから来た素敵なものってだけで、気分が明るくなります。この売り場も、なかなか手に入らないお菓子をたくさん置けてうれしいです。いつか全部の国に行ってみたいな」
「松岡さんは海外赴任を希望しているの?」
「もう、大歓迎です! そのために必要な勉強は全部して、資格とって、ばりばり出世したいです」
元気のいいガッツポーズを見せる松岡のまっすぐな発言に胸をつかれ、敦子は目を見張った。
こういう人が、ときどきいる。多くの人がためらいや謙遜を見せる場面で、むしろ力強くアクセルを踏み込む人。こうなったら幸せ、みたいな、確信や衝動を強く握りしめている人。
実際、松岡は優秀な新人だ。このフェアも企画立案から社内調整、商品の仕入れや限定商品の開発まで、熱意を持ってやり抜いている。パブロバなんて日本ではなかなか食べられない菓子なのに、だからこそお客様に紹介したいと、バイヤーと連携して過去にパブロバを製作していた取引先のパティスリーを説得し、限定五十個の受注販売を実現させた。パティスリーで試作したパブロバは、イチゴとブルーベリーの爽やかな甘さにキャラメルソースがかかったメレンゲの柔らかい甘さが絡み合い、うっとりするほどおいしかったらしい。松岡の説明を聞いた多くのスタッフが予約をしたがっていた。もちろんお客様が優先だが、パブロバが売れ残ることはないだろう。
敦子はフェアの売り場を確認し、より賞味期限が管理しやすい陳列の仕方と、絵本に登場する菓子とそれ以外の菓子が一目でわかるようにPOPを活用することをアドバイスした。過去にフェアで使用されたPOPのテンプレートが保存されているファイルの場所を伝える。松岡は真面目にうなずき、小さな手帳にメモを取る。その間にもクリスマスフェアの売り場ではお客様が足を止めて、興味深そうに絵本のページをめくっていた。
昼時を迎え、徐々にフロア内のお客様が増えてきた。再びスマートフォンが鳴る。敦子は松岡に売り場を任せ、その場を離れた。
(つづく)
