万延遣米使節団
小栗の業績を再評価するにあたり、三つの大きな柱をもって構成したい。一つ目が万延遣米使節団である。遣米使節団に監察として加わったのが、小栗であった。
小栗はアメリカと通貨問題に関する交渉を行い、日本からの金銀流出の大幅な増加を改善した貿易を行うべく尽力した。この交渉などを通じて、アメリカ側は小栗が手ごわい相手であったと認識したようである。
また、ワシントン海軍工廠(こうしょう)を見学し、この経験がのちの横須賀製鉄所創設につながったといわれている。ほかにもパナマの蒸気機関車の運営に着目し、「株式会社」による運営法を学んだ。さらに、帰国時には世界一周をしており、この使節団で得たものは大きかった。
帰国後の小栗については、「小栗だけが、憚(はばか)るところなくアメリカの文明の事物を説いて、政治や軍事、商業・製造等においては、外国を模範として我が国の改善をする必要があると論じて幕閣を驚かせた(小栗一人は、憚る所なく米国文明の事物を説き、「政治武備商業製造等に於ては、外国を模範として我国の改善を謀らざる可(べ)からず」と論じて幕閣を聳動(しょうどう)せしめたり)」(福地源一郎『幕末政治家』)という。
