年収50万の夫と鬼嫁がおりなす愛憎コメディ
結婚10年目の夫婦。仕事がほぼない脚本家の夫・豪太の平均年収は50万円。妻のチカがパートで生活費を稼いでいる。ひとり娘のアキは5歳だ。
安藤サクラ主演、武正晴監督作品『百円の恋』(2014年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した足立紳。監督デビュー作『14の夜』(16年)に続く監督第2作は、自身の夫婦生活をほぼそのまま描いた私小説を映画化したものだ。
2016年の刊行時は『乳房に蚊』という題名だった原作は、文庫化にあたって映画タイトルと同じ『喜劇 愛妻物語』に改題。これは巨匠・新藤兼人の監督デビュー作『愛妻物語』(1951年)にちなんでいる。同作は新藤自身の若き日を描いた自伝的映画で、なかなか芽が出ない貧しい脚本家(宇野重吉)と彼を励まし続ける妻(乙羽信子)の美しい夫婦愛を描いた佳作だ。
チカは豪太に対して常に不機嫌で、何かにつけて罵詈雑言を浴びせる。最初のうちは彼の才能を信じて心から応援していたのだろうが、やる気がないくせに屁理屈だけは一人前で、やたらと性欲の強い豪太に心底うんざりしているのだ。
アルバイトも続かず、ほぼ家にいる豪太は、娘の世話や家事は最低限こなすが、チカからすれば十分ではない。だが、こと性欲が高まったときだけ、しらじらしいほどに家事をテキパキ終えてチカに媚びる。そんなあからさまな態度もチカには腹立たしい。なにしろ彼女はもう夫とのセックスにうんざりしているのだ。どうしてもしなくてはならないときは、「1分で終わらせろ」と命じる。そもそも豪太のセックス欲も、妻への愛情からではなく、性欲処理の意味合いが強い。
嫉妬深くてすぐ不貞腐れる豪太のダメ男っぷりは、作家・西村賢太が私小説で描き続ける「北町貫多」と似ている。だが、貫多と違って豪太は決して暴力はふるわない。言葉でどんなにチカから虐待されても、時に手を上げられても、なんとか耐える。チカに捨てられたら最後、人生終わりと自覚しているからだ。
どこまでも情けない豪太を、濱田岳が卑屈ななかにも憎みきれない愛らしさを醸し出して好演。さらに、チカ役の水川あさみが素晴らしい。夫の前では完全に女であることを捨てて、言いたい放題の毒舌を吐く。豪太の小賢しい悪巧みなどすべてお見通しで一刀両断、その容赦のなさに観客は爆笑の連続だ。
それでもチカは、脚本家としての夫の才能をまだ心の奥底では信じている。いや、信じたいと思っている。ごく稀にその気持ちを素直に見せるときのチカは、とても愛くるしい。そのとき、この映画のタイトルが燦然と輝きだす。
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原作・脚本・監督/足立紳
撮影/猪本雅三
出演/濱田岳、水川あさみ、新津ちせ、夏帆、ふせえり、光石研
上映時間/1時間55分/日本映画
■9月11日より全国ロードショー
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米イリノイ州のさびれた町に暮らす3人の若者、黒人のキアー、白人のザック、中国系のビンの日常を描くドキュメンタリー。
貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケートボードにのめりこむ彼らは、親世代から続く負の連鎖を断ち切れるだろうか。涙と希望が交錯する、12年間にわたる成長の記録。
新宿シネマカリテほかにて全国順次公開中
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監督・製作・撮影・出演:ビン・リュー
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13歳でプロとして活動を始めた早熟のブラジル人ピアニスト、ジョアン・カルロス・マルティンスの伝記映画。
不慮の事故により右手に障害を抱えながらも復帰を果たすが……。バッハの演奏においてもっとも偉大な奏者とされた彼の不屈の精神を讃える感動作。
9月11日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開
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監督・脚本:マウロ・リマ
※公開予定は変更・延期・中止の可能性があります。最新の情報は、上映館にご確認ください