がんになったって 変わらない

人に心配されるのも大好きな人でした。ちょっと体調を崩すと「具合が悪い」と電話をしてくるんです。いかにも具合が悪そうな声で。それで心配して行ってみたら大したことなくて、さんざんわがままに振り回されるわけですよ。

だから、65歳で乳がんが見つかって電話口で「私、がんになったの」と言われたときにも、「慌てて家に駆けつけたら、大変なことになるぞ」と思った程度。医者にこんなこと言われた、あんなこと言われたと聞かされても、「俺に心配させようと、大げさにしている可能性がある」と僕は思う。あの人の言うことをうのみにするわけにはいきませんから、病院に行って、直接、医者に話を聞いたんです。そうしたら、やっぱり僕が聞いた話は誇張されていた。(笑)

没後10年の今年刊行された佐野洋子さんの作品『嘘ばっか 新釈・世界おとぎ話』(中公文庫)。佐野さんらしいユーモアと毒がきいている

実はあの人が乳がんの手術をしたときにオヤジも咽頭がんになっていました。病気の二人を比較しながら見ていたんですけど、面白いですね。男と女の差なのか、それとも個人の性格の問題なのか、がんの受け止め方がまったく違う。オヤジは、がんに関する本をたくさん読んで「最悪の場合、歩けなくなるでしょう」みたいに、起きるかもしれない“最悪のケース”にラインマーカーで印をつけていました。医者の言うことをちゃんと聞き、たばこもやめ、食事も体にいいものをとるようにしていた。

一方、あの人は……(笑)。がんの本なんて読みもしなかったですし、入院するまでたばこを吸い続け、好きなものを食べていた。医者の言うことも、僕の言うこともまったく聞きませんでしたね。

乳がんの場合は薬物治療でがんを小さくしてから手術をするのが一般的だそうですが、あの人は薬物治療を受けず、唯一の家族である僕に相談することもなく、片方の胸をとってしまった。わがままで、自分のやりたいようにやる佐野洋子は、がんになったくらいじゃ変わらないんですよ。