中央アジア タジキスタン・ペンジケントの古代遺跡にて

病気は専門家にまかせるより仕方がない

父はもう覚悟をして出掛けてきたのだろうか、とても落ち着いているように見えた。弟からの電話で結果を知らされていた母は、三人が帰宅するとすぐに、いとも簡単に、「あなた、食道ガンですってね。お酒もタバコもだめですってね」とはっきりと念を押して言った。

意志の強い父は、その日以来、お酒もタバコもいとも簡単に、ピタリとやめてしまった。これには家族みんなが驚いた。喜んでよいのかどうかわからなかった。

79歳までの父は、めったに風邪をひいたことも、熱を出したこともない。たくさんお酒を飲んだにもかかわらず、胃の痛みを知らなかったし、血圧も肝臓も正常だった。薬も殆ど飲まなかった。生れつき丈夫な体質の上、若い時代には柔道で鍛えていた。60歳から始めた真向法(まっこうほう)も、一日も欠かさずに朝夕やっており、柔軟な体が自慢であった。

仕事に関しては徹底的に自分で調べ、人まかせなど絶対にしなかった父である。しかし、79歳で初めてかかった大病には、まったく人まかせで、一冊の本、いや家庭の医学書一ページすらも開こうとはしなかった。「病気は専門家にまかせるより仕方がない、こちらは何もわからないのだから」というのが父の考えだった。

9月半ばに入院した。病室では、ベッドの横にゴザをしいて机を置き、そのまわりには運んできた本が積まれ、小さな書斎が作られた。座布団に座って『孔子』の仕事をした。寝る時以外は、キチッとシャツを着て生活をしていた。