わき目も振らず走るハリー(写真提供:村井さん)

黒歴史のようになった心臓手術

あの先生、本当に意地悪だったなあと考えつつ、47歳の私はベッドに寝転んでいた。あの先生だけではなく、時代がそうだったと思う。病気は甘えで、ずるいことだった。結局私は、手術したことをひた隠しにし、本来であれば休むべきだった体育の授業にも出続け、そのうち、自分のなかで手術はなかったことになった。しかし、まるで黒歴史のようになった心臓手術が、47歳になった私のところに、再びやってきたのだ。皮肉だなと思った。過去のことだと思っていたすべてを、もう一度繰り返すなんて。

それでも、わずかな希望を抱かずにはいられなかった。今は40年前より、技術が格段に進んでいるのは間違いない。痛みに対するケアも充分なはずだ。痛み止めを飲むことや、授業を見学することさえ許されていなかったあの頃とは、ずいぶん違う。手術をしなければ生きられないのであれば、選択肢はないし、もう一度やるしかない。現代医療を信じるしか道はないのだ。

すでに他界していた両親に対して、二度目の手術について伝えなくてもいいという事実も、私にとっては希望だった。7歳の私が手術室から出てきた瞬間、両親が抱き合って泣いていたと祖母が教えてくれたことがあり、二度とそんな思いはさせたくないと考えてきたからだ。今回こそ、自分1人で乗り切ろうと決意しはじめていた。

夕食後、看護師さんが病室にやってきた。いつも通り、検温、血圧測定が済むと、「次はカテーテル検査になります。明日の朝、先生から説明がありますので、よろしくお願いしますね」と唐突に告げた。ええっ、カテーテル検査、やっぱりあるの!? という驚きで言葉が出なかった。経食道心エコーだけじゃなくて、やっぱり心臓カテーテルもあるのか! 結構なショックで眠ることができそうもなく、看護師さんに、「すいません……眠剤頂けますか…」と力なく頼んだのだった。

次回●首に管を刺すってすごくない? 首と手首からカテーテルが入った話

【この連載が本になります】
『更年期障害だと思ってたら重病だった話』
村井理子・著
中央公論新社
2021年9月9日発売

手術を終えて、無事退院した村井さんを待ち受けていた生活は……?
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