私はベッドに横たわり、病室の広い窓から見える青空を見ていた。前の日よりもずっと青く見えた。我慢しているのに、笑いがこみ上げてきてしまう。心臓手術を宣告されたばかりで、ショックで泣いてもいいような状況なのに、私はうれしくてたまらなかった。

先生は、手術をすればとても元気になると言った。これからは強い疲労感も、息切れも感じなくなるだろうと言った。薬は生涯飲み続けなければならないだろうけれど、それでも、今までよりはずっと楽に暮らせるはずだと言ってくれた。私は主治医のそんな言葉のひとつひとつを、何度も何度も心のなかで繰り返し、喜びを噛みしめた。あの疲労感や息切れとさよならできるなら、私は何だってできる。退院は、検査が終わってから3日後に決まった。

ある日の朝食(写真提供:村井さん)

久しぶりに会ったベテラン入院患者

検査の翌日の朝、私は張り切って給湯室に向かっていた。朝食が配膳されたのだ。その日のメニューは食パンとジャムとヨーグルト。食パンはもちろんトーストされたものではなく、ほのかに温められた状態で配られていた。病棟にある給湯室には、1台だけトースターが置いてあって、入院患者はそれを使ってパンを焼くのだが、せっかちな私は待つのが嫌で、いち早く給湯室まで行き、パンを焼くようになっていた。自分の食い意地が恥ずかしいが、常に一番をキープしていた。心不全で入院していても、パンはこんがり焼きたい派だったのだ。

検査が終わり、体調もほぼ戻っていた私は、その日も、誰よりも早く給湯室に向かい、トースターにパンを入れて、ダイヤルを5分にセットし、スタスタと病室に戻った。そしてきっちり5分後に給湯室に戻ると、そこには先客がいた。久しぶりに会う、大部屋でお隣さんだったベテラン入院患者の女性だった。退院が決まっていたこともあって、なんとなくうかれていた私は、「おはようございます!」と明るく挨拶をした。

ベテランはそんな私をさりげなく無視すると、トースターからこんがり焼けた食パンを取り出して、何も言わずに歩いて行ってしまった。私の食パンはシンクの上に置かれた状態だった……生のままで。