イラスト:おおの麻里

「もう母さんに次の旅行はないんだ」

若年性認知症。

妹はまだ63歳だ。あまりの衝撃に声も出ない。

「俺、父さんに喰ってかかった。一緒にいるのにどうして気づかなかったんだって」

声を詰まらせて話す甥にかける言葉もなく、呆然とするばかりだった。

「それでね、迷惑かけるかもしれないけど、今年はいつも通り、母さんと旅行に行ってほしいんだ。伯母さんも不安だろうし、迷うと思うけど、もう母さんに次の旅行はないんだ」

愕然としたまま受話器を置いた。そういう状態の妹と旅に出て大丈夫か、もし何かあったら。

堂々巡りの考えに結論を出せるはずもなく、夫や娘たちに相談すると、口を揃えてやめたほうがいいと言う。みな、不安が先に立つ。だが、弟に事情を話すと、「行ってこい。何かあったら俺が迎えに行くから」と言ってくれた。

末っ子で頼りない弟で、普段はこちらが心配するばかりだけれど、その言葉に背中を押されて決めた。いや、私の気持ちは甥に頼まれた時に決まっていたのだ、きっと。

妹との最後の旅に出ようと。