糖度13度以上のすいかを求めて

自宅療養にあたっていささか困ったのは、食に関してわがままになったこと。たとえば、おやつに懐中しるこ(真夏なのに!)や糖度13度以上のすいかを求めてくるのだ。なんとか手に入れると、目を細めて「うまい」と声を上げる。

手に入りづらいものを求めたのは、何も私を困らせようとしたわけではなく、どんな食べものも前ほどおいしく感じられなくなったせいだろう。それを「病気だから仕方がない」と諦めるのではなく、どこかにおいしいものがあると信じて疑わない父のポジティブさ、それが私の支えにもなっていた。

「正月のおせちをどうしようか」などと先の予定を考えていたくらいなので、自分はまだまだ生きる、と思っていたはずだ。半面、治療や葬儀の費用などで子どもたちが困らないようにと、がんの再発がわかったタイミングで定期預金をすべて普通預金に切り替えてくれていた。

父が何一つ口にしなかったのは、亡くなる前日だけ。明日になれば、また、あれこれと注文をつけて「うまい」と笑ってくれるだろうと思っていた。その明日はとうとう来なかったけれど、父に悔いはないだろう。

ひとつ残念なのが、父のレシピを受け継ぎそこねたことだ。父もあの世で、しまったと思っているに違いない。特に、ごま油を効かせた冷麺のタレが恋しくて……。私もまた、父に似て食い意地が張っているらしい。

 


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