親しい人にだけ感じる臭いなのか?

年が明けて1月末。中国で新型コロナウイルスが蔓延し、国内でも感染者が増えつつあるというニュースが流れた。そんな時、美和から連絡があり、彼女が住む街の駅前のカフェで会うことに。席に着くなり、「あのね、私、がんが見つかったの」と美和が静かに言った。確か数年前に卵巣が悪いと言っていたのを思い出した。

「セ、セカンドオピニオンは?」、私は思わず聞いた。「行ったよ」「そう」「数年前に大丈夫と言われたから、放っておいたんだ」と彼女は言った。

……その後、何を話したか覚えていないぐらい、私は頭が真っ白になった。3月になって、借りていた本を返しに美和の自宅を訪れる。「いらっしゃい!」。無気にはしゃぐ美和の娘に玄関先でお土産のドーナツを渡したが、美和は寝ていたらしく、しんどそうな表情で顔を出す。「起きてこなくていいから」。そう私が言った時、美和からあの錆びた臭いがした。

「まさか。嫌だ――」と思ったが、次の日、美和は亡くなった。可愛い娘を残して。切なかった。

私のこの嗅覚は、自分によくしてくれた人に対して発揮されるのだろうか。こんな忌まわしい嗅覚なんていらないのに。もう二度と嗅ぎたくないのに。コロナ下で在宅勤務になった夫には、以前より優しくなれている気がする。夫婦仲もよくなった今、心配なのは、夫からあの錆臭さを感じないかということだ。その日が永遠に来ないことを願っている。


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