普段使わない「ですます調」で示した決意
だから私は我が家から十分足らずで行けるS医院のS老先生にこの身を預けてもう五十年近くになる。先生も老い、私も老い、お互いに気心がわかり合っているのが、病を抱える身には何よりも有難い。
だがこの時(昏倒した時)は金曜日の夜であって、当然、診療室は閉め切られているだろう。救急車を頼むなんて大仰なことは頭に浮かばなかった。むしろイヤだった。
救急車とくればその先は「病院」と決っている。とりあえず娘は、かねてより信頼している整体のN先生に電話をかけた。かくかくしかじか、と説明すれば先生はいわれた。
両方の手の甲を撫でてみて下さい。同じように普通に感じますか? どちらかに 痺れを感じませんか? 早速やってみて異常は感じないというと、頭の血管のどこかが切れていると厄介ですから、明日は頭のレントゲンだけ撮って、その後、私の方へ来るように、ということだった。
ナニ? レントゲン? ということは病院へ行くことになる。思わず顔をしかめたのは打撲の痛みのためではない。病院へ行くとあの病院得意の「検査」というやつが始まることになると思ったからである。
翌朝、とりあえず娘がS医院へ電話をした。すると老先生は土曜日なので休診で、その上、「私どもでは頭のレントゲンの設備はないので、他の病院へ行って下さい」と看護師がいったという。
それを聞いて私は、正直「しめた!」という思い。それじゃ眞直(まっすぐ)に整体のN先生のところへ行きます! と、普段は使ったことのない「ですます調」になって断乎(だんこ)たる決意を示せば、娘も観念してしぶしぶ同意したのであった。