なかなか死なない人だねえ

そんなこんなで整体操法を受けた後、私は心安らかに眠りつづけ、骨に異常はなく三日目には打撲の痛みはなくなっていて、やっぱり私の判断は正しかった。病院なんかへ行っていたら、今頃は検査入院とやらで、怒りながらまずい病院飯を食べてるところだ、と満足というより自慢の気分だったのだ。

だが昏倒した日は何でもなかった顔が、一夜明けると左目を中心に紫色に腫れ上り、コテンコテンにやられたボクサーのようになっていた。

全く我が顔ながら「見事」といいたいようなシロモノだった。その凄さは見ても見ても見飽きないという趣で、うたた寝から覚めると枕もとの手鏡をかざしては点検するのが無聊(ぶりょう)の日々の 唯一の楽しみになったのだった。

「それにしても、なかなか死なない人だねえ」

という声が向うの部屋から聞えて来て、それは娘と孫の会話らしい。

ホント、私もつくづくそう思う。

※本稿は『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』(小学館)の一部を再編集したものです。


『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』(著:佐藤愛子/小学館)

借金は返済したけれど、人生の戦いはやまず、今も日も暮れていない――。それが愛子センセイが97年の人生の実感でした。愛子センセイがヘトヘトになりながら綴った、抱腹絶倒のエッセイ全21編をどうぞ!