青春一直線モード、恋愛モードどっぷり
これ以上話してもムダだと思い、「帰りましょう」と言うと、「そうだね」と立ち上がり、お勘定へ。
割り勘男は、モゾモゾとポケットを探ったりして財布を出すのが遅い。ははぁ、これが割り勘ねらいのやり口か? 黙って見ていると、やっと支払いは終わった。
「この後、カラオケでも行こうと思ったんだけど、銀行からおろしたのが1万円だったから、もうお金がないんだよ。カラオケは次にね」
カラオケは私が出すからと言わせる手かもかな?
私が「じゃ、ね」と帰ろうとすると、「あ、ちょっと待って。そのへんを少し歩こう。タクシーまで送っていく」と男は言った。
居酒屋を出ると、大通りは人がいっぱい。その男は振り向くと急に私の左手をものすごい力でつかまえて、まるで逃がすものかという感じで、手をギュッと握る。痛いほどである。私はびっくりして何事かと思った。
「いやー。一度君と手をつないで大通りを歩きたかったんだ、昔から」
割り勘男、70歳。青春一直線モード、恋愛モードどっぷりである。手を抜こうとしてもすごい力でとても抜けない。
私はだんだん腹が立ってきた。しばらく歩いてから「じゃあ、私、寄る所があるので、ここで失礼しますね」ときっぱり言った。
男は立ち尽くすばかり。
私は後も振り向かず、帰ってきた。それにしてもつきあいのいい自分にも呆れるし、男の身勝手さにも幻滅する。
その後、彼から何度か電話があったが、一切出なかった。だから割り勘男が再婚できたのか、私は知らない。