「書いていなかったことがたくさんあるの」
林さんが最後に瀬戸内さんと直接話をしたのは2021年6月。『婦人公論』2022年新年号に掲載する対談のため、京都の寂庵に赴いた時だ。
「体調がお悪いと聞いていたのですが、お目にかかると驚くほどお元気でした。お庭で立って撮影もされていましたし、頭もしっかりされていました」
最初に瀬戸内さんから聞かれたのは、林さんの母のこと。林さんの母・みよ治さんは2017年に101歳で亡くなっている。
「〈あなたのお母さんのことについて聞きたかったのよ〉と。寂聴先生はうちの母の少し下の世代ですから、以前からずいぶん気にかけてくださっていました。母が亡くなった時には、葬儀の際に、それはそれは立派な灯籠をいただいて。
〈お母さん最後ぼけられた?〉と聞かれたので〈すごくしっかりしていたけど、100歳を超えたら少しぼけましたね〉と言うと、〈そうなのね〉とおっしゃっていました。ご自身が100歳を超えた後のことが気になっていたのかもしれません」
2020年に作家の宮尾登美子さんの評伝『綴る女』を上梓した林さんは、瀬戸内さんの評伝を執筆するという企画も話し合っていた。
「6月に伺った時に、〈先生はご自身のことをたくさん著書に書いていらっしゃるから、私が新たに「評伝」として書くことはあるのでしょうか?〉と申し上げたら、〈まだ書いていなかったことがたくさんあるの〉とおっしゃっていましたね。〈男性関係ですか?〉と尋ねると、〈そればっかりじゃないわ〉と。それがいったい何だったか、もうわからないのが心残りです」