タイトルは認知症の祖母の姿から

自分自身の経験と共通していると言えば、母・聖子の認知症の症状が進み、とまどう千鶴の姿には、認知症の祖母に接したときの私自身の葛藤を重ねています。それまで元気だった祖母が、私が長男を出産する前日に転倒したことをきっかけに、まるで転がるように認知症の症状がどんどん悪くなってしまった。

そのままグループホームに入所した祖母を私が訪ねていったとき、介護士さんが「オムツを代えます」と、部屋に入ってきたんです。いたたまれなくなって、私はすぐに部屋から出てしまったのですが、一緒にいた介護士の従弟は「手伝います」とその場に残ったんですよ。そのときに、それまでずっと可愛がってもらった祖母に対してなんにもしてあげられない自分がただただ情けなくて。その思いがいまだに心の奥にしこりのように残っています。

『星を掬う』というタイトルも、認知症の方の頭の奥底に沈んでいる記憶を掬いあげるようなイメージで。認知症が進行すると記憶がどんどん失せて行き、満足に会話もできなくなっていく。でも、そんな状態になっても、祖母はすでに亡くなった自分の兄と喧嘩を始めたり、私たちが誰も知らない昔の人との思い出をふっと話し始めたりするんですね。

その姿を見ていて、祖母の脳裏から記憶は決して消えていない、ただ上手く救いあげられないだけなんだと感じて。そんな思いを込めて、今回のタイトルをつけたのです。

町田そのこ『星を掬う』中央公論新社1760円