中村 その間、思い出になるようなことはありましたか。

猪木 闘病中、彼女はずーっと陽に当たっていなくて、それに「寒い、寒い」と言うものですから、看護師さん付き添いのもとで病院の庭に連れ出してあげました。8月の猛暑日でしたけど、燦々と降りそそぐ太陽の光をいっぱい浴びて。ちょうど病院は休診日で、人もいなくてとても静かでしたね。

私は汗だくになって、暑くてしょうがないのに、彼女にしてみれば強い日差しがとても気持ちいいらしくて、日光に当たると、生気が蘇るように不思議と顔色が変わっていくんです。そんな彼女の様子が見たくて、2回ほどそうやって庭に連れ出しました。

中村 印象に残っているような会話はありますか。

猪木 亡くなる1週間くらい前かな、彼女の望みで、夜、看護師さんに付き添われて私の部屋に来たんです。20分くらいだったかな。もうすでに体力があまりなかったから、会話らしい会話はなかったんですけどね。

寝るときは病室のドアを閉めるんですけど、その夜は、ドアを閉めちゃうとどこか遠く離れていってしまうような気がして、少しだけ開けておきました。隣の部屋にいる彼女のことが感じられたら、と自分自身思ったのかもしれない。

その気持ちは伝わったんじゃないかな。やがて来る死はつらいですけど、彼女にとってもそれまでの時間はいい時間だったんじゃないかと。涙は流さないことにしているんですけど……。

中村 すみません。もらい泣きしちゃって。

猪木 やっぱり、おくりびとよりおくられびとのほうがいいなあ、と思いますね。ただね、彼女の場合、惚れたら命がけっていうのは、これは本当にすごいなと思った。けっして、のろけじゃないですよ。

中村 で、最後は看取ることができたんですね。

猪木 彼女はキャビアが大好物でした。最後は眠っていましたから、もう食べられる状態じゃないんですけど、仲間に頼んでキャビアを持ってきてもらって、ちょっとだけ口に当ててあげました。

私の体調が悪くなると、いつも彼女は「食べなきゃダメ」と繰り返し説教して。それぐらい食にはこだわっていたし、けっこう食い意地も張ってましたから、だからキャビアはちょっと嬉しかったんじゃないかな。(笑)

後編につづく