2017年に作家デビューし、2022年『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した今村翔吾さん。実家の家業であるダンス教室の仕事をやめ、作家を目指した原点は子どもの頃に読んだ池波正太郎先生の『真田太平記』にあると言います。直木賞受賞1作目である『幸村を討て』は、戦国の世に名を轟かせた真田家の父と兄弟の物語。自身も兄としての葛藤もあり、作品にもその思いが反映されているそうです。作品への思い、創作の裏側を聞きました。(構成◎野口美樹 撮影◎本社・中島正晶)
大坂の陣の七不思議
直木賞を受賞して数ヵ月、今は小説の連載を8本抱えていて、新幹線はもちろん、タクシーで移動中のちょっとした時間も執筆に充てています。10分くれたら、原稿用紙1枚くらいは書けるじゃないかな。日頃の訓練の成果か、僕は執筆に没入する時の速度と、切り替えが早いほうなんです。さっきも目的地に着いた時、「ちょっと20秒待って、この文章の改行まで書くから」と言って、終わらせてからタクシーを降りました(笑)。ありがたいことに、忙しい日々を送っていますね。
受賞第一作も3月22日に無事、刊行となりました。タイトルは『幸村を討て』。大坂の陣を舞台にして、章ごとに徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永ら6人の戦国武将の視点から見た「真田幸村」を描きました。
舞台となる大坂の陣は、他のあらゆる戦と異なる点がひとつあります。それはこの戦がラストであるということを敵味方、誰もが認知していたということ。タイムリミットが決まっている中で、全員がこの戦いで自分の人生の形を決めようというエゴが出ていたと思うんです。それぞれの思惑が渦まいて、実際の大坂城は混沌として、魑魅魍魎が入り交じっていたのだろうな、と。
執筆するにあたって、大坂の陣の自分の思う七不思議を改めて調べました。子どもの頃から感じていた大坂の陣の不思議な点、例えば南条の切腹や伊達政宗の同士討ち、毛利隊が先に鉄砲を放ってしまうとか……そういった謎も短編ごとに持たせつつ、7編すべてを通してもっと大きな謎が解けていくという構図にしたいと思っていました。一種のミステリー小説のようにも読んでいただけると思います。