必要とされる「データを書き写す技術」

しかし、ここで大きな問題があります。

医学の進歩が、がんや心疾患、脳血管疾患といった三大成人病をある程度克服し、また、iPS細胞を使った治療が開発されて、どのような臓器も新品に再生して若返らせることができたとしても、脳の老化を止めたり、脳を再生したりすることはできないという点です。

私たちの身体は、肝臓や腎臓、肌なども、その細胞は細胞分裂をしていて、時間とともに新しい細胞に入れ替わっていきます。

しかし、唯一、脳だけは原則的に新しい細胞をつくらない臓器なのです。

脳の神経細胞は、細胞分裂をしないで、同じ細胞をずっと使い続けます。そのため、脳の神経細胞にiPS細胞をばらまいても、そこで分裂が起こり、新しい脳神経細胞がつくられるかどうかはわかりません。

「脳の神経細胞は、細胞分裂をしないで、同じ細胞をずっと使い続けます」(イラスト提供:イラストAC)

もし仮に、新しい脳神経細胞ができて、古い細胞にとってかわったとしても、それは、これまでのデータが書き込まれていないまっさらな脳になってしまいます。当然、新しい神経細胞に、これまでのデータを書き写す技術が必要となってきますが、いまのところ、そのような技術は実現不可能です。

私たちが「学習」とみなしていることも、脳の中ではタンパク質が変性するなど、なんらかの変化が起こっているはずですので、それらを解明して、再生した新しい脳神経細胞に、これまでのデータを移行することもいずれ可能になるかもしれません。しかしそれは、ずっと先のことになるはずで、少なくとも私たちの生きている間は不可能でしょう。