比較すべきはあくまで過去の自分

寿命がさらに延びるなかで、働き方や生き方、物の考え方を変えずに人生の終わりまで走り切ることはできない。経済的な安定や家族の支えはもちろん重要ではあるが、それだけでは「このままでよいのだろうか」という気持ちを解消してはくれない。まさに、自らの人生の主人公になることが求められている。

木村拓也コーチが語ったように「自分自身を知って可能性を探るのも必要」ではないか。それが「転身力」である。

変わることには多少の不安や自信のなさも感じるだろう。起業や転職、独立といった職業を変えるのであればなおさらである。

ただ生き残るためだけに変わらなければならないという見方だとつらいものがある。視点を変えて、自分の変化やその過程を楽しめたらいい。

今までできなかったことができるようになった。新たなタイプの人と出会えた。「気づいていなかった自分」を知ることができた――。今までとは異なる「もう一人の自分」と出会えると、生きづらさが緩和されるかもしれない。それは誰にとっても喜ばしいことではないか。

先述の木村コーチもプロ野球で生き残るための策を語っているが、その発言は野球を愛する気持ちやチームや同僚、家族に対する愛情に満ちている。

その意味では、誰もがうらやむ「華麗な転身」だけが目標ではない。人それぞれなのだから、変化する自分も無数にあっていい。他人と比較するべきものではないだろう。そう、誰でも自分だけの物語を持っているからだ。

あえて比較するとすれば、それは過去の自分と比べて成長した、視野が広がった、「知らなかった自分」に気づいたということなのだ。

通勤電車の中で、あるいは夜フトンに入った時、ふと「自分は今のままでいいのかな?」という疑問が湧いたなら、それは変わることに向けて一歩を踏み出すチャンスかもしれない。

※本稿は、『転身力 「新しい自分」の見つけ方、育て方』(中公新書)の一部を再編集したものです。


転身力 「新しい自分」の見つけ方、育て方』(著:楠木新/中公新書)

望めば誰もが人生二毛作、三毛作を楽しめる人生100年時代! 自らの可能性を探り、チャンスをつかむためのヒントを提示する。