芥川さんがいろんな病院に入院なさるたびに、僕はこれ幸いと会いに行ってはそこで話を聞くわけですよ。それで阿佐ヶ谷の個人病院の先生とも顔なじみになって「橋爪くん、来たか。この間なぁ、参ったよ。夜中に変な唸り声がするから病室の二階へ上がって行ったら、廊下の突き当たりに鏡があって、そこに芥川さんがいるんだよ、すごい顔して」って。
それで芥川さんに訊くと、「あれなぁ、いや、夜中に呼吸困難になって、断末魔の顔ってどういうんだろう、と思って、這うようにして鏡の前に行って、あ、こういう顔か、って思いながら、いろいろやってみていたんだよ」って。役者魂だか何だか知らないけど、そこまで行くと鬼気迫るでしょ。
芥川さんと同じ舞台に立った思い出では、『エンリコ四世』(ピランデルロ作)で、芥川さんが自分のことをハインリヒ四世と思い込んでる男。僕は枢密顧問官に扮する四人、のうちの一人だった。
「あのなぁ、俺がお前をこう驚かすだろ。お前、これぐらいしか笑ってないだろ。それじゃあわかんねぇんだ、客が。もっと口開けろよ」って。それで翌日、口開けたらすごいウケたんですよ。「な、そうだろ」って。
それで味しめてだんだんオーバーにやってもっとウケたら、今度は気に入らなくなって(笑)。俺みたいな若造に妬いてもしょうがないと思うんだけど、笑われるのが好きな俳優さんでしたから、芥川さんは。
逆に杉村春子先生は笑われるのがお嫌いで。喜劇なのにあんまりお客が笑ってると、「ちょっと静かにしてよ」とか客席におっしゃったらしいですよ。