大人とは、堂々と「清らかです」と子供たちに胸を張れる人

「子供はある意味残酷だ」とよく言われるように、純粋さは悪だったりもします。相手の痛みを理解できず、平気で残酷ないじめや差別をしたりもします。

そんな子供たちに、大人は魂の清め方を提示し、導いていかなければいけないのに、それを純粋だ、清い、と良しとしてしまうことで、清め方がわからないまま成長してしまい、悪い大人がまた生まれてしまうのです。

小学校高学年にもなると、携帯を与えられるようになり、ネット環境を手にした子供たちはSNSなどに夢中になるけれど、そこには、「社畜しんどい」「旦那最悪」「結婚なんてしなきゃよかった」など、大人たちの愚痴や不平不満だらけ。

倫理や法律、リテラシーなどを培ってきた=清めてきた結果、仕事や恋愛、海外旅行などを自由にできるよとか、大人っていいものだよ、などという情報はあまり入ってこないのが現実です。

「SNSには『社畜しんどい』『旦那最悪』『結婚なんてしなきゃよかった』など、大人たちの愚痴や不平不満だらけ」(写真提供:Photo AC)

結果、大人について子供たちが知るのは「地獄じゃん」という不安か、YouTubeなどで大金を手にした、ぶっ飛んだ金持ちの成功話ぐらい。

大人になるための正しい手順を知ることができず、清め方もわからず、悪い意味で純粋無垢のまま大人になってしまうと、自分の気に入らないことが起こった時に、解決策がわからずに人を怒鳴ったり殴ったりするという凶暴な手段に向かってしまう恐れがあります。

僕たち大人は、お風呂はこうやって入るんだよ、トイレはこうするんだよ、という生活の仕方だけではなく、自分自身が堂々と「(いろんな経験をして)清らかです」と言える状態を提示し、もっと精神的な学びをさせてあげるべきではないでしょうか。