しゃもじに破壊力抜群のスローガン

いやはやなんとも、たいへんな時代になったものだ。わたしは四半世紀以上この国に住んでいるが、英国の食事情がここまで辛気臭かったことはいまだかつてない。それもこれも、国の経済状況は台所に反映されるからであり、「食べる」ことに多大な影響を与えるからだろう。

そのことを象徴するような写真をネットで見つけてしまった。それは英国の写真ではない。半世紀も前のわが祖国の人々の画像なのだった。1970年代の石油ショックで物価が高騰したときにデモを行った女性たちだ。彼女たちが手に握っているのは、プラカードやバナーではない。そんな一般的で誰でも考えつくようなヤワなものじゃない。しゃもじ、なのだ。巨大なしゃもじに「買い物コワーイ」「たちまち消える一万」など破壊力抜群のスローガンが書かれている。

このしゃもじ軍団の迫力は尋常ではない。物価高に反対するツール=しゃもじ。日本ならではの、すばらしい思考回路ではないか。コスト・オブ・リヴィング・クライシスの英国でも物価高反対デモは起きているが、しゃもじほどインパクトのあるツールを見たことがない。英国で使うとしたら何だろう。ナイフやフォークでは形状が細すぎて字が書きにくい。ビールのパイントグラスだと、「飲酒を推進するのか」と叱られそうだし。

そんなことを考えている間にも息子が通っているカレッジからメールが届き、キャンパス内で始めたフードバンクに寄付をお願いしますと書かれている。

笑いとばすのも難しい、深刻な状況になってきた。わたしはそっとしゃもじの写真のウィンドウを閉じ、オンラインで息子のカレッジにパンをどっさり直送した。