思い立ってピンクに染めてみた時
貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。現在もアルバイトを続けながら、「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。ヒオカさんの父は定職に就くことも、人と関係を築くこともできなかったそうで、苦しんでいる姿を見るたび、胸が痛かったという。第24回は「SNSとリアルの関係」です。

一般人と有名人には、明確な「線」がある

ライターになって、それまでと変わったことがある。
それは芸能人や著名人の名前に「さん」を付けるようになったこと。
通常、世間話をするとき、有名人のことは呼び捨てすると思う。

私もそうだった。(今でも一部はそう)

“遠い別世界の存在”から、もしかしたらいつか取材したり、お仕事でご一緒したりするかもしれない存在に変わったからだ。

初の著書『死にそうだけど生きてます』(著:ヒオカ/CCCメディアハウス)

別に有名人を呼び捨てすることが相手に敬意を持っていないとか、ぞんざいに扱っているとかではまったくないと思う。

ただ、絶対に人生で交わることのないあまりに遠い存在で、同じ世界に実存する人間というよりは“キャラクター”という感覚、認識になるからだと思う。

そこに良い悪いもない。そういうものなのだ。

だから有名であればあるほど、「敬称略」されるのだと思う。

そして、お茶の間で、井戸端会議で、あれやこれや言われる。
(悪い意味ではなく、何でも話題にし、論評するということ)

それは一般人と有名人には、明確な「線」があるからだ。

私のような取材もするライターやメディア関係者は、その「線」を仕事柄またぐことがある。だから自然とさん付けすることが多くなる。

この意識の変化について、SNSとリアルの関係についても、似たものを感じている。

例えば、実際に顔や実名を明かして会う人に対し、いきなり呼び捨てすることはないだろうし、あれこれ論評したり、ましてや罵詈雑言を浴びせたりすることは普通はないだろう。しかし、SNSという匿名の空間だと人はいとも簡単にそれをしてしまう。

その理由の一つに、相手が「記号化される」というのがあると思う。