施設への不満を親が言い出したら
川内 それに、Yさんの場合はソフトランディングでしたけれど、施設への不満を子どもにぶつける親御さんももちろんいらっしゃるわけです。家に帰せという方もいます。そういう場合、施設のスタッフと家族がお互いに「分かっている」と信頼感を持てないと、解決が大変になったりします。
―― 子どもの側に、親を施設に入れたことへの抵抗感、罪悪感、「親不孝をしている」という認識があると、どうしても親の言葉に振り回されそうですよね。
川内 「食事がまずい」「サービスが悪い」「あれやこれやがないから持ってこい」と言うのは、おそらくはご自身の不安な気持ちを子どもに向けて、解消しようとしているんですよね。無論、本当に問題がある施設もありうるので、状況を見ないと分からないですけど。
だとすると、親御さんが言っている言葉とか、具体的な要望に反応したり叶えたりしようとする前に「お母さんはどうしてこういうことを言うんだろう」と、客観的に考えて、掘り下げる必要がある。
―― そんなことが、専門家でもない子どもにできるんでしょうか。
川内 できないでしょうね。いきなりできたら、親子の関係じゃないと思います。だから専門家である介護スタッフに任せるんです。でも、お母さんと介護スタッフがまだ打ち解けていなければ、そういう不満、不安も知ることができません。
だから、親の不満や不安はすぐに施設の人と共有すべきなんです。そして、親が施設を信頼するためにも、子どもが解決しちゃだめなんです。
親御さんが、「息子は役に立たないけど、施設の職員さんはすごく優しくしてくれた」という経験をちょっとずつ重ねていく必要がある。
―― うわぁ、それは子どもとしてはちょっとつらい。
川内 でも、それで親と施設スタッフとの間になんでも話せる関係ができれば、親御さんはすごくおだやかに暮らせると思いませんか?
子どもとしての立場をいったん置いて、直接のお世話を介護スタッフに任せる。そのスタッフがしっかり親と話をするために、得た情報は相談して、共有する。それが親のいい介護につながる。こういう、介護を俯瞰的に見て、子どもとしての感情を実務には向けないことを、意図的にできるかどうか。ここが大事なんですよね。
※本稿は、『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP社)の一部を再編集したものです。
『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(著:山中浩之、川内潤/日経BP社)
「親と距離を取るから、介護はうまくいく」。一見、親不孝と思われそうなスタンスが、介護する側の会社員や家族をそしてなにより介護される親をラクにしていく。電通、ブリヂストン、コマツなど大手企業の介護相談で活躍中の川内潤さん(NPO法人となりのかいご代表)のアドバイスの元、遠距離の「親不孝介護」に挑んだ編集者の5年間の実録。親の介護が始まる前に、これを知っておくのと知らないのとでは、働き方にも介護のクオリティにも大きな差が付きます。公的支援を受けるべきかどうかのチェックシート、部下の介護離職を止めるための想定問答集も掲載!