やっぱり、と私は思いました。

MCIでは、理性や判断をつかさどる、脳の前頭葉の機能が低下します。

そのせいで、シノザキさんのように衝動を抑えるのがニガテになり、自分の好き勝手なふるまいをしたり、思い通りにならないとイライラして怒りだすことが増えます。

そして、実際に検査したところ、シノザキさんはやはりMCIだったのです。

とはいえ、待てなくなったり、イライラして怒りだしたりするのが、認知症の前段階だなんて、普通は誰も思いません。せいぜい「歳をとって頑固になったなぁ」と思うくらいではないでしょうか。そう思って、たいていの方は、実は見えている認知症の気配を見過ごします。

でも、シノザキさんの奥さんには、ご主人の「ちょっと変」を、「認知症や、脳の他の問題のせいかもしれない」と疑える知識がありました。だから、MCIの段階で、ご主人を受診させることができたのです。

すごいな、奥さん。よく気づいたなぁ。

私はひどく感心しましたが、実は、土岐市では年々、この段階で受診してくださる方が少しずつ増えています。

それは、私が地元の講演会などで、積極的にMCIの情報を発信していることの効果なんじゃないか……とひそかに思っているのですが、どうでしょうか。

※本稿は、『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)の一部を再編集したものです。


ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(著:長谷川嘉哉/かんき出版)

認知症の進行具合を、春・夏・秋・冬の4段階に分けて、そのとき何が起こるのか?どうすれば良いのか?を多数の患者さんのエピソードを交えて描いた、心温まるエッセイ。
人生100年時代、誰もが避けられない道知っていれば、だいたいのことは何とかなるもんです。認知症専門医が教える、ボケ方上手と介護上手。
イラストは、『大家さんと僕』の矢部太郎氏。矢部太郎さん描き下ろしのコミック版『マンガ ぼけ日和』も発売中です。