自分のいる場所や時間を知りたいと思うのは、人間が生まれ持った本能です。だから、これがわかると患者さんの気持ちがスッと落ち着くんですね。

土岐内科クリニックが運営するデイケアセンターでも、スタッフが花瓶の花を見ながら、

「朝顔を活けたんです。夏ですねぇ」なんて言うと、

「朝顔か。そういえば、うちの子が夏休みに学校から鉢植えを持ってきて」

「そうそう、うちの子もあのときは……」

と自然と会話が弾むことがよくあります。

さりげなく与えられた情報をもとに、患者さんたちはリラックスして会話を楽しめるわけです。

でも、もし「この花、何だかわかります?」なんて試されていたら、みんな押し黙って、会話は弾まないんじゃないでしょうか。

ですから、もし親御さんが、あなたが誰かわからなくなっている場合は、「私、娘のハナだよ」「長男のタロウだよ」と自分から教えてあげてください。

情報という名の安心、どんどんプレゼントしてあげましょう。

※本稿は、『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

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ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(著:長谷川嘉哉/かんき出版)

認知症の進行具合を、春・夏・秋・冬の4段階に分けて、そのとき何が起こるのか?どうすれば良いのか?を多数の患者さんのエピソードを交えて描いた、心温まるエッセイ。
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