ですから私は、患者さんがまだモノ盗られ妄想を発症する前なら、ご家族の中で主介護者になりそうな方に、「患者さんの面倒を一番看ることになるのはあなたですか? だったらあなたはこの先、絶対に『お金盗ったでしょ』って言われますからね」と必ずお伝えすることにしています。

こうして先にお伝えしておくと、後日診察にいらしたご家族が、

「先生、ホントに『お金盗った』って言われました~」

とちょっと笑って教えてくれます。

前もって知っていればショックを受けずにいられますし、「ホントに言った!」となぜか笑えて、人に話したくなります。

そのとき、認知症介護のつらさをわかってくれる相手に、「こんなことがあったんですよ」と打ち明けることができれば、それだけで介護者さんの心が軽くなることがあるんです。

あるいは、すでに患者さんがモノ盗られ妄想を発症しているなら、私は主介護者さんに先ほどの話をして、「あなたが患者さんを一番看ていること、本当は患者さんが誰よりもよくわかってますからね」とお伝えします。

介護者さんにとっては、尽くしても尽くしても、それが患者さんに伝わっていない気がするのが、何より切ないのだと思いますが……。そんなことはありません。きっと伝わっていると思います。

ですから、「アンタがお金を盗った!」と言われている方は、ご自分の介護に、ぜひ自信を持ってください。

ただ、そう言われるということは、もう十分頑張っているということでもありますから、くれぐれも息抜きを忘れないようにしてほしいと思います。

※本稿は、『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)の一部を再編集したものです。


ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(著:長谷川嘉哉/かんき出版)

認知症の進行具合を、春・夏・秋・冬の4段階に分けて、そのとき何が起こるのか?どうすれば良いのか?を多数の患者さんのエピソードを交えて描いた、心温まるエッセイ。
人生100年時代、誰もが避けられない道知っていれば、だいたいのことは何とかなるもんです。認知症専門医が教える、ボケ方上手と介護上手。
イラストは、『大家さんと僕』の矢部太郎氏。矢部太郎さん描き下ろしのコミック版『マンガ ぼけ日和』も発売中です。