旧来型の社会システムのメリット
他方、個人商店を中心とした旧来型の社会システムにも、働く側にとってそれなりのメリットがあった。具体的に挙げれば次のようなものだ。
・家族や知人が経営者なので、社会に適応しづらい人も安心して働けた。
・人間関係のつながりが強く、仕事上の競争が激しくなかった。
・ツケや配送など客に個人的な融通を利かせることができた。
・周りがみんな肉親や知人なので孤立の予防につながった。
世の中には、生まれつき気が弱い人や心身の病気を抱えている人など、他者と競い合って自立を実現するのが困難な人が少なからずいる。旧来の社会システムの中には、そういう人たちの社会参加を助ける装置が備わっていたのだ。
たとえば20代半ばの男性がいたとしよう。彼は小さな頃から体が弱く週に2日は寝込んでしまう日があり、人見知りが激しく話をするのが苦手だった。
こうした男性が大きな企業に勤めて、同僚と競い合って一心不乱に働きつづけるのは簡単なことではない。遅かれ早かれ、体や心を壊して会社を辞めることになるだろう。
しかし、親であれば、彼の人となりを熟知しているので、自分の店で無理のない形で働かせることができる。体調の良い時だけ経営する魚屋に出てもらい、清掃、経理、配達といった裏方の仕事をさせる。そうすれば、彼は自分のペースで働き、納税者として自立することが可能だ。
あるいは、軽度の発達障害のある女性がいたとしよう。彼女は、空気を読んで行動するのは苦手だけど、特定のことに没頭する傾向にあった。
親はそれを理解しているので、彼女に企業勤めをするより、手に職をつけることを勧めた。そして同じ町の織物職人に頼んで、娘を弟子入りさせてもらうことにした。そこで衣食住を確保してもらいながら、織物の技術を学んでいけば、数年後には立派な職人として独り立ちすることができる。
このように旧来型の社会システムには、弱い立場の人を受け入れる余地があり、そこで生きている限り、彼らは自立した納税者になれた。良い意味で、個人商店が持っている裁量権(さいりょうけん)、地元の人間関係で成り立つ商売、親族や地域の濃密な人間関係が、彼らの社会生活を支えていたのだ。
旧来型の社会システムと新しい社会システムがともにあることによって、一億総中流が実現していたとも言えるだろう。
※本稿は、『君はなぜ、苦しいのか――人生を切り拓く、本当の社会学』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『君はなぜ、苦しいのか――人生を切り拓く、本当の社会学』(著:石井光太/中央公論新社)
日本の子供が感じている幸福度が、先進国38カ国のうち37位。子供のうち7人に1人が貧困、15人に1人がヤングケアラー、児童虐待の相談件数は年間20万件、小中学生の不登校は24万人以上、ネット依存の子供が100万人を突破……。子供たちを覆う息苦しさの正体とはいったい何なのか。貧困と格差をどう乗り越えるか、虐待する親からどうやって逃げるか、いじめはなぜなくならないか、マイノリティーといかに向き合うか……。子供が直面している困難の正体を見極めたうえで、マイナスをプラスに変える処方箋を提案する。