カフカが書いた『審判』と深層心理の存在

最後に挙げる裁判は、フランツ・カフカという作家が書いた『審判』です。実際の裁判ではなく、無実の人が裁判にかけられ死刑になってしまうという小説です。同じ頃、フロイトという心理学者が、人間の考え方や行動には、心の奥底にある深層心理、意識していない心の働きが大きく影響を及ぼしていると主張していました。

フロイトの『夢判断』という研究書と、カフカの小説の世界が重なります。人間が深層心理の存在に気づかされた「事件」。これが三つ目の裁判です。

これらの裁判が提示した問題への答えは、どう考えてもAIでは導き出せないものです。人工知能を過剰に恐れる必要はないと私は思います。大いに使ったらいい。ただ、その使う人間が勉強し、生きている過去を生かしていかなければなりません。

それがAI時代を生きる君たちの役割です。リベラル・アーツというものをしっかり学び、独創性についても考えてほしいと思います。

 

※本稿は、『伝説の校長講話――渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


伝説の校長講話――渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』(著:田村哲夫/聞き手:古沢由紀子/中央公論新社)

「共学トップ」渋幕、渋渋。両校の教育の本質は、「自調自考」を教育目標に掲げたリベラル・アーツにある。その象徴が半世紀近くも続く校長講話だ。中高生の発達段階にあわせ、未来を生きる羅針盤になるよう編まれたシラバス。学園長のたしかな時代認識と古今東西の文化や思想、科学への造詣――前半は、大人の胸にも響くこの「魂の授業」を再現。後半は読売新聞「時代の証言者」を大幅加筆。銀行員から学校経営者に転じた田村氏が、全く新しい超進学校を創り、育ててきた「奇跡」を振り返る。