きわどい綱渡りをしてきた二人
しかし、このケースでは、協議離婚以来、法律的に父親と推定される男性とコンタクトが取れないということで、この手続が省略されています。すでに法律的に子どもの父親と推定される男性との離婚は成立しているわけですから、離婚が取り消されるのではないかといった心配はいっさいありません。
ただ、妻が自分との婚姻中に他の男性と性交して出産し、そのことを隠して離婚交渉を行い、離婚を認めさせたことについて、もし元夫が知ったならば、だまされたような気持ちになったり、不愉快な感情が湧き起こることは想像に難くありません。
偶然なのか意図的なのかは分かりませんが、この二人はほんとうにきわどい綱渡りをしてきたと言うことができるでしょう。
女性は「親子関係不存在確認」の申立をせよと指示されてはいません。もし、このまま審判へと移行して手続が進めば、照会書が元夫に届けられることはなく、元夫は何も気がつきません。また、男性が自分たちの離婚後に認知を行えば、この男性の元妻は、自分たちの婚姻中に夫とこの女性との間にすでに子どもが生まれていたことを知ることはありません。
二人は、誰にも邪魔されることなく、名実ともに親子三人水入らずの新婚生活をスタートすることができます。
※本稿は、『幸福な離婚』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『幸福な離婚-家庭裁判所の調停現場から』(著:鮎川潤/中央公論新社)
現在の日本では、結婚した夫婦の約3組に1組が離婚する。また、毎年結婚するカップルの約4組に1組が、夫婦のいずれかが再婚である。結婚と離婚は切り離せない時代となった。そこで、離婚となった場合、家族メンバーの幸福が最大限満たされるよう、図っていく必要がある。著者は長年、少年非行をメインに研究してきた。重大な少年犯罪は機能不全に陥った家族との関係が切り離せない。その一環として、家族問題に関心を持ち、みずから10年以上にわたり家庭裁判所の家事調停委員を務めてきた。これまでに、離婚を中心として200件以上の家事事件の調停を担当。家事事件の最前線において、当事者に寄り添いながら解決を図ってきた。本書では、著者の家事調停委員としての経験をもとに、現場での具体的な事例(ケース)を引きながら、幸福な離婚に至る可能性を探ってゆく。離婚への備え、必要な知識が得られるようケースを選択し、子どもを含む家族メンバーの幸福を最大化する解を提示する。離婚について考え、備えるための最良の手引き。