人間は、体で考える

私はまた、これは参ったと思うほどの失恋を何度か繰り返した。そのたびに、身をひるがえして、そのどん底から起き上った。その目にもとまらぬ素早い変り身が私を救ったのであった。

考える前に私の体は動いた。気がついた時は、すでに一歩を踏み出していた。人間は頭で考えるのではない。体で考えるのである。

そこには、善悪の入りこむ隙さえない。100パーセント生きている人間がいるだけである。思考は、この無鉄砲とも思える行動によって、引き出されるのである。成功も失敗も、結果にすぎない。何のおそれることがあろう。

人はそのようにして人生を学ぶのである。若さとは、年齢ではないと思う。

この秋、95歳を迎える私も、若い人たちに負けないように、生きの良い毎日を送りたいと念願しているのである。

『九十歳、イキのいい毎日』(著:宇野千代/中央公論新社)