「怒りは、どんなに努力してもヒーリング・ファンタジーを実現できないと悟ったときの不安をごまかす感情」(写真はイメージです。写真提供:photoAC)

「役割としての自己」をつくり出す

親や世話をしてくれる人から、「ありのままの自己」にしっかりと向き合ってもらえないと、子どもは彼らとのつながりを築くためにどうするべきかを考える。そして、家族の中で居場所を確保するために、「ありのままの自己」でいるかわりに「役割としての自己」あるいは「偽の自己」(ボーエン、1978年)をつくり出す。

そしてこの「役割としての自己」がしだいに、「ありのままの自己」にとってかわっていく。「役割としての自己」の奥底には「なんとかしてみんなの関心を自分に向けてみせる」という苦しい考え方もあるだろう。

「役割としての自己」は、無意識のうちに身につけていく。意図してそうなる人はいない。

相手の反応をみながら、少しずつつくり出し、それが自分の居場所を手にするいちばんよい方法だと考えている。その結果大人になっても、かつて親に対してそうであったように、だれかに関心を持ってもらいたいという願いを持ったまま、役割を演じ続ける傾向がみられる。

しかし、そのような「いい子」を演じ続ける子がいる一方で、すべての子どもが前向きな自己をつくり出すわけではない。多くの子どもが、失敗や怒り、精神障害、精神的不安定といった悲惨な役割を演じているのはどうしてなのだろう。