「将来自分の入居先を選ぶ時は、ケアに対する運営会社の方針や、働く人たちの姿を見て決めたいと思っています」

「ごはん会」がセーフティネットに

母を反面教師に、私は経済面でも生活面でも、できるだけ子どもに迷惑をかけないように準備しておこうと思いました。自分の今後の人生計画を子どもたちに伝えたのが、私の終活の第一歩。

次に、わが家の経済状態と、住宅ローンの返済計画を明かし、通帳や権利書の場所を知らせました。また、もし私が認知症になったら施設に入れてほしい、延命措置はしない、葬式は身内のみで、お墓はいらない、などの希望を伝えたのです。

そうしたら、娘に言われたの。「でも、いざ私が『ママ、明日から施設に入って』と言った時、素直に『はい』と入居できる?心のどこかで娘に裏切られたと思わない?」と。確かに、そういう気持ちにならないとは断言できません。子どもに宣言した以上は、私が常にその覚悟を持っていなければいけないと気づかされましたね。

実は、母が亡くなる少し前、私は都内の老人ホームで1年半ほどアルバイトをしていました。母の入居先を選ぶためにいくつか施設を見学した時、環境やサービスの質に差があることを実感し、施設がどのように運営されているのか知りたかったからです。

その経験から、将来自分の入居先を選ぶ時は、ケアに対する運営会社の方針や、働く人たちの姿を見て決めたいと思っています。

何事も計画通りにはいかないもので、私の人生計画もすでに一つ変更しました。というのも、母の死後、多額の借金が発覚!自宅の売却を決心して弁護士に相談したところ、今後のことを考えると家は子どもに売るのが一番いい、と。最終的には、息子が買い取ってくれることになりました。

息子は金融業界で働いていて、お金の管理は得意。現在、シェアハウスの管理は彼が行い、家賃収入も彼のものになっています。おかげで私は母に背負わされた借金も含めてすべて清算できたのです。息子は「僕がママを救ってあげた」と偉そうに言うので、癪に障るんですけどね。(笑)

子どもは頼りになる存在ですが、彼らには彼らの生活があり、頻繁に連絡を取り合うわけではない。私が体調を崩して倒れても、誰も気づいてくれないかもしれません。

そこで私は10年以上前から、近所の友人や行きつけのカフェバーで知り合った若者たちを集めて、自宅で定期的に「ごはん会」を開催しています。手料理をふるまい、みんなで飲んで食べて、交流を深める楽しい会です。

息子や娘が加わることもあり、「母の生存確認をよろしくお願いします。何かあったら連絡くださいね」と挨拶してくれている。こうして身近な仲間の輪を作ることは、いざという時のセーフティネットにもなります。

シェアハウスを始めた理由の一つも、それ。当時、母が施設に入居しホッとした途端、何もやる気が起こらなくなり、軽いうつ状態になってしまって。でもシェアハウスにしたことで、家に誰かがいるという安心感を得られたのです。

以前は週末に住人たちを3階のリビングに招いて、夕食をともにしていました。ひとりだと料理も掃除もいい加減になりがちですが、人を招くと部屋をきれいに保てるというメリットも。コロナ禍でごはん会もストップしたけれど、そろそろ再開しようかしら。