稲田さん「我慢して好きでもない仕事をしている人々より条件が悪いのは当たり前、という大前提があったのです」(写真提供:Photo AC)
新型コロナウイルスが蔓延して以降、私たちの生活が大きく変化したように、飲食業界にも様々な影響がありました。そのようななか「レストランは物語の宝庫だ。そこには様々な人々が集い、日夜濃厚なドラマを繰り広げている」と語るのは、人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長、稲田俊輔さん。昨今の値上げラッシュの要因を皮切りに、飲食業界の価値観の変化を語ります――。

「値上げ」をめぐるジレンマ

定食屋さんで、ちょっと印象に残った出来事がありました。入店したお客さんを席に案内するたびに、店員さんはこんなことを言っていたのです。

「この度価格改定を行いまして、全体的にお値段が変わっているのですがよろしいでしょうか?」

昨今、飲食店の値上げが相次いでいますが、この店でもそれは断行されたということです。もちろんそれで、「じゃあやめとくわ」と踵を返すお客さんは誰もいません。

元々この店は周りの店より少し高価で、少なくとも常連さんたちは値段より品質に重きを置くタイプが多いのではないかと思われます。

業界的な言い回しだと「ロイヤルティの高い顧客」というやつです。そして、次々と来店するお客さんにいちいちこんなことを聞くのは、店員さんにとってまあまあの作業負担でもあります。

だから僕は、これはちょっとやりすぎではないか、とも感じました。しかし同時に、そうせずにはいられない気持ちも痛いほど理解していました。値上げはお客さんにとっても決して嬉しいことではありませんが、それを行う飲食店にとっても恐怖なのです。